A2-B-C. Directed by Ian Thomas Ash. 2013. (Documentary, 70min.)
本作は、日本在住のアメリカ人監督イアン・トーマス・アッシュによる、福島県の放射能に汚染された地域に住む子どもたちと母親たちに焦点を当てたドキュメンタリーである。監督は福島の家族に密着取材し、放射能とともに生活する子どもたちの日常と母親たちの不安と怒りの声をとりあげる。
タイトルにある「A2」「B」「C」は甲状腺の異常を示す分類記号である。福島県民を対象に政府が行っている「福島県民健康管理調査」で、子どもが「A2(甲状腺にのう胞あり)」と診断された母親たちは、病院から放射能との因果関係は軽々しくは結びつけられないと説明を受けるが不信感を拭えない。学校の対応にも納得できず、怒りと不安が募る。難航する除染作業の様子も描かれている。
監督は2011年4月から東京や撮影を続け、本作は震災後の福島を描いた2作品目である。まず海外で上映され、複数の国際映画祭で受賞したのち、「逆輸入」で日本でも上映が開始された。
母親たちのリアルな声や福島の現状を伝えるという点で貴重な映像である一方、本作は特定の集団にしかカメラを向けていない。不安や怒りを吐露する母親たちとは異なる立場の母親たちの姿は見えてこない。「福島のお母さんたちの声を伝えたい」と監督は言うが、本作が福島の母親たちの声を代弁しているわけではない点に注意する必要があるだろう。また、専門家や行政、東電側の声は端的にしかとりあげられていない。そのため、本作はなぜ専門家や行政と母親たちの間にギャップが生まれてしまうのかという点までは踏み込めていない。被災地と放射能問題について描いた他の映像作品と比較し、本作は何を描くことができ、なにを抜け落としているのか議論することができる。
また、本作は科学知識をめぐる論争について考察するために重要な材料を提供している。「福島県民健康管理調査」は世界初の大規模な甲状腺検査であるため、こどもでのう胞を認める頻度と放射能との因果関係は正確にはわかっていない。専門家や行政が「安心してください」と説得しても、日々の生活で不信感を募らせた母親たちは行政に頼らず自衛する方法を探る。本作において「科学」がどのような役割を果たしているか、議論することができるだろう。
Trailer: https://www.youtube.com/watch?v=ZD9yGONdEUY
-Mutsumi Inuma, Kobe University